伊平(いだいら)(古くは井平)は
井伊谷(いいのや)の北に位置し
古くから鳳来寺(ほうらいじ)道の
要衝(ようしょう)で
刀鍛冶の町としても
知られていました

 

また井伊家を守るため
重要な位置にあったのが
井平の城でした

 

戦国時代
井平を訪れた連歌師(れんがし)宗牧(そうぼく)は
「片岡掛けたる小城あり
これも井伊一家の人」と
「東国紀行」に書いています

 

※伊平 静岡県浜松市北区引佐町伊平

 

※「片岡」とは山の西側が絶壁となっている井平の城の形をあらわしています

 

※連歌師宗牧は今川家の間諜(スパイ)であったとも伝えられています

 

 

井伊家二十代直平(なおひら)と
二十一代直宗(なおむね)の奥方は
井平氏の出身でした
直虎(なおとら)は井平城の館で
生まれたという
説もあります

 

幼い日の直虎は
父直盛に抱かれて
おばあさまのいる
井平城にも遊びに来たことでしょう

 

 

井伊家に危険が
迫っていました

 

直虎のいいなずけ
亀之丞(かめのじょう)は
今川の追っ手を逃れて
井平を通り

 

黒田峠のかくれ岩で
一夜を明かし
北の渋川(しぶかわ)へと
向かいました

 

 

時が経ち亀之丞は成人して
井伊谷に戻り
直親(なおちか)と名乗って
井伊家を継ぎましたが
今川にだまし討ちにあい
若くして亡くなりました

 

男子がいなくなったので
女ながら井伊家の当主となった
直虎は けなげに
井伊家を守りましたが
家臣小野但馬守(おのたじまのかみ)の
陰謀により
とうとう城を追われ
井伊谷は徳川の支配下に
おかれました

 

 

元亀三年(一五七二)
三方原合戦の二ヶ月前
山縣昌景(やまがたまさかげ)を大将とする
武田の大軍が
井伊の支城である
井平城の仏坂(ほとけざか)に
迫ってきました

 

※山縣昌景 武田の重臣

 

三方原合戦の
前哨戦と言われる
「仏坂の合戦」です

 

仏坂の竹馬寺(ちくまじ)には
村人の宝である
行基(ぎょうき)作と伝えられる
仏坂十一面観音があります。
直虎はこの観音様が
戦によって
傷つけられることを
恐れました

 

 

直虎は
敵の大将
山縣昌景に
会って
十一面観音を
避難させてくれるよう
頼むことにしました

 

 

山縣昌景は
敵ではありましたが
情けを知る
名将でした

 

十一面観音は
村人の手によって
気賀の観行院(かんぎょういん)に
無事に遷(うつ)されて
いったのです

 

 

やがて井平は
戦場となりました

 

山吉田の柿本城を
落とされた鈴木重勝も
井平城に逃れてきて
仏坂から井平一帯では
激しい合戦が
展開されました
井平城主井平飛騨守を
含め八十八人の
犠牲者を出したと
言われています

 

武田の遠州攻略が
井平から始まることを
知っていながら
浜松城の徳川家康は
手も足も出すことが
できませんでした

 

それほど当時の
武田軍は
強大で無敵
だったのです

 

「家康は井平を
見殺しにした」
と多くの将が
武田の軍門に
下っていきました

 

この戦いで
静かな谷間は
井伊・武田両軍の遺体で
埋め尽くされました

 

井平の村人は
敵味方の区別なく
亡骸(なきがら)をねんごろに葬り
供養をしました

 

石を積み上げた
簡素な墓標は
土地の人々から
「ふろんぼ様」と呼ばれ
今も毎年慰霊祭が
行われています

 

 

江戸時代になって
十一面観音はいったん
仏坂に戻りましたが

 

明治になると今度は
廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の嵐が
吹き荒れ

 

※明治初期の神仏分離令によって起こった仏教排斥運動 寺や仏像が破壊された

 

土地の人々は観音様を
守るために近くの松山に
かくしました

 

大正になると
観音様が
「仏坂に帰りたい」と
夢枕にお立ちになり
土地の人はたいそう驚き
一人の若者が観音様を背負って
仏坂まで運びました

 

大雨の中 重い観音様を背負って
仏坂を上ろうとしたところ
不思議なことが起きました

 

にわかに空が晴れて
観音様が軽くなり
長い坂を一人で背負って
上ることができたのです

 

その後
観音様を持ち上げようと
してみましたが
びくとも動きませんでした

 

 

こうして
仏坂の十一面観音は
様々な苦難を乗り越えて
無事にお戻りになり
今も伊平の人々を
見守っておられます

 

毎年二月には世の平安を祈って
盛大にお祭りが行われ
多くの人々で賑わっています

 

文 柴田宏祐
絵 江川直美
企画 レディ・サムライ直虎研究会

 

※直虎の姿については諸説がありますが 本作品は数少ない史料に沿いながら
イメージをふくらませて描いた物語です

 

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